NEUROスタジオ
メールの方はこちら
お問い合わせ

肩甲骨の「Setting Phase」とは?挙上初期30度の挙動が可動域を左右する

💡この記事の結論

結論から言うと、肩甲骨の挙上運動において、初期30度はわずかに下方回旋する「Setting Phase(準備相)」が存在し、その後一貫した上方回旋へ移行します。また、120度挙上時には、矢状面よりも「肩甲骨面」の方が有意に大きな上方回旋を示します。そのため、インピンジメントのリスクを低減させるには、Setting Phaseの安定性を評価した上で、肩甲骨面での運動を行うことが推奨されます。

「肩が上がらない」「最終域で詰まる」

臨床でこうした訴えに直面した際、多くのセラピストは制限のある最終角度(End range)に注目しがちです。しかし、エラーの根本原因は、実は動き出しの「最初の30度」に隠されています。

肩甲骨は、挙上動作において単に上方回旋するだけではありません。初動における微細な沈み込みと安定化、いわゆる「Setting Phase」が適切に行われて初めて、その後のスムーズな可動域が保証されます。

本稿では、Borsaらによる肩甲骨位置パターンの測定研究(2003)と、McClureらの3次元解析(2001)を紐解き、数値データに基づいた「正しい肩甲骨の評価」について解説します。

臨床推論と技術を深める
「ニューロ勉強会」開催中

ハンドリングセミナーの開催日程確認や、
症例検討会へのお申し込みはこちらから。
明日からの臨床を変えるヒントがあります。

勉強会・セミナー詳細を見る >

Setting Phaseの正体:Borsaらの研究が示す「初期の沈み込み」

教科書的な運動学では、「肩甲骨は上腕の挙上とともに上方回旋する」と習います。しかし、健常な肩であっても、動作開始直後からリニアに上方回旋が始まるわけではありません。

Borsaらの研究によれば、安静時から挙上30度までの初期段階において、肩甲骨は平均して約5度の「下方回旋(Downward Rotation)」を示すパターンが確認されています。

Borsaの研究による上腕挙上時の肩甲骨位置変化グラフ。初期30度までのSetting Phaseにおける下方回旋(沈み込み)を示している
デジタル傾斜計を用いた肩甲骨位置の測定(Borsa et al. 2003より)

データが示す通り、30度を超えて初めて、肩甲骨は一貫した上方回旋へと移行します。つまり、挙上初期のフェーズは、回旋運動というよりも、上腕の重みや筋収縮の初期トルクに対して肩甲骨が適応するための「準備相(Setting Phase)」であると定義できます。

なぜ「最初の30度」が運命を分けるのか?解剖学的視点

なぜ、肩甲骨は最初に沈み込むような挙動を見せるのか。
これは動作エラーではなく、運動連鎖における「安定化(Stability)」の現れと解釈すべきです。

McClureらが指摘するように、肩甲骨は肩甲上腕関節(GH関節)が機能するための「安定した土台(Stable Base)」としての役割が求められます。挙上初期には、僧帽筋上部線維や前鋸筋が主動的に肩甲骨を回旋させる前に、肩甲挙筋や菱形筋、僧帽筋下部線維などが協調し、上腕骨の運動を受け止めるための「固定」を行います。

※ここに [内部リンク: ローテーターカフや体幹の安定性に関する記事] を挿入

このSetting Phaseでの固定が不十分だと、上腕骨頭の求心位が保てず、初動から不安定な軌道を描くことになります。結果として、最終域でのインピンジメントや可動域制限を引き起こす。つまり、120度で手が上がらない原因は、0〜30度の段階ですでに形成されているのです。

臨床推論と技術を深める
「ニューロ勉強会」開催中

ハンドリングセミナーの開催日程確認や、
症例検討会へのお申し込みはこちらから。
明日からの臨床を変えるヒントがあります。

勉強会・セミナー詳細を見る >

臨床評価の核心:「可動域」を見る前に「姿勢」を見る

数値上の角度測定にとらわれすぎると、本質を見失います。特に脳卒中片麻痺や慢性的な肩関節疾患の患者様を見る際、私がスタッフに繰り返し伝えているのは「肩を見る前に、姿勢を見ろ」という原則です。

選択的運動は「姿勢の並行」から生まれる

肩甲骨の選択的な運動(Selective Movement)は、体幹・骨盤のアライメントが整い、姿勢の並行が保たれている環境下でのみ発現します。

体幹が患側へ崩れていたり、後方へ逃げていたりする状態で、いくら肩甲骨のモビライゼーションを行っても機能的な改善は望めません。土台となる体幹が不安定であれば、肩甲骨は代償的に過度な緊張(固定)を強いられるか、あるいは連合反応として病的共同運動パターンに取り込まれるだけです。

「手が上がらない」という現象に対し、安易に肩関節へのアプローチを開始するのではなく、まずは座位姿勢や立位姿勢における正中位指向性を評価してください。

肩甲骨の運動機能を阻害する不良姿勢(円背・骨盤後傾)と正常姿勢の比較イラスト。体幹アライメントの崩れが肩甲骨の自由度を奪う様子
姿勢の崩れは肩甲骨の自由度を奪う主要因となる

漫然としたROM測定からの脱却

ゴニオメーター(角度計)を当てて「屈曲100度です」と報告することに、臨床的な価値はほとんどありません。重要なのは「なぜ100度で止まるのか」「その時の質の変化はどうか」を捉えることです。

明日からは、角度計を一度置き、患者様の肩甲骨に手を触れた状態で挙上誘導を行ってください。
注目すべきは以下の3点です。

  • 0〜30度の挙動:スッと自然に止まっている(固定されている)感覚があるか、それともグラグラと不安定に動揺するか。
  • 筋収縮のタイミング:僧帽筋上部が早期に過剰収縮(シュラッグ)していないか。
  • 抵抗感の発生:どの角度からエンドフィール(抵抗)が変わるか。

「静止しているように見える時間」にこそ、多くの情報が詰まっています。

実践:インピンジメントを防ぐ「スキャプラプレーン」の活用

評価によって姿勢と初期安定性の問題をクリアにした上で、実際の軌道練習においては「肩甲骨面(Scapular Plane)」での挙上が推奨されます。

Borsaらの研究では、上腕挙上120度の時点において、肩甲骨面での挙上は、矢状面(屈曲)での挙上に比べて有意に大きな肩甲骨上方回旋を示すことが明らかになっています。

上腕挙上120度における肩甲骨上方回旋角度の比較グラフ。矢状面(屈曲)よりも肩甲骨面(スキャプラプレーン)の方が有意に大きな回旋角度を示している
120度付近で肩甲骨面(Scapular)の方が大きな上方回旋を示している(Borsa et al. 2003より引用)

十分な上方回旋は、肩峰下腔(サブアクロミアルスペース)を確保するために不可欠な要素です。腱板損傷術後やインピンジメント症候群、あるいは脳卒中後の亜脱臼を有するケースにおいて、矢状面での屈曲運動は衝突リスクを高める可能性があります。

解剖学的に適合性の高いスキャプラプレーン上での運動を選択することは、関節内圧を均一化し、ローテーターカフの機能を最大限に引き出すための安全策と言えます。

30度までの「違和感」を見逃さない

正常な肩甲骨運動において、挙上初期のSetting Phaseと、運動面による上方回旋角度の差異は無視できない要素です。

臨床においては、単に可動域を広げようとストレッチを繰り返す前に、挙上30度までの「初動」を丁寧に触診してください。そこに不安定性や過剰な緊張といった「違和感」があれば、まずは姿勢制御や初期固定に関与する筋群のアプローチへ立ち返る必要があります。

初期の安定性が、その後のスムーズな上方回旋を保証する土台となります。

よくある質問(FAQ)

Q. Setting Phaseとは具体的にどのような状態ですか?

A. 上腕挙上の初期(0〜30度)に見られる肩甲骨の挙動です。この時期、肩甲骨はすぐに上方回旋せず、わずかに下方回旋しながら「沈み込む」ような動きを見せます。これは上腕の運動に対して肩甲骨を安定させるための準備段階と考えられています。

Q. なぜリハビリでは「肩甲骨面」での挙上が良いのですか?

A. 肩甲骨面での挙上は、矢状面(屈曲)に比べて120度挙上時の「肩甲骨上方回旋」が大きく生じることが研究で示されているからです。十分な上方回旋は肩峰下腔を広げ、インピンジメントのリスクを低減させます。

Q. 挙上初期に肩甲骨が動かないのは異常ですか?

A. いいえ、初期の30度までは大きく上方回旋しないのが正常なパターンの一つです。むしろ、この時期に過剰に挙上(シュラッグ)したり不安定に動く方が、固定機能の不全(エラー)である可能性が高いと言えます。

Q. 臨床でまず何を見るべきですか?

A. 肩の可動域を測る前に、まずは「姿勢」を見てください。体幹や骨盤のアライメントが崩れていれば、肩甲骨の正常な選択運動は望めません。姿勢の並行が保たれているかどうかが、肩のリハビリのスタートラインです。

エビデンスに基づいた臨床を、
共に実践しませんか?

質の高いリハビリを提供する各スタジオでは、
インターンによる
リハビリ見学や症例相談を随時受け付けています。

ニューロスタジオのスタッフ詳細 >

※インターン・見学のお申し込みはLINE公式アカウントより

– Activity Bases –

大阪スタジオ

〒550-0014
大阪市西区北堀江2-4-11
サンライズビル 4F
Tel: 070-8476-4177

大阪スタジオ詳細 >
東京スタジオ

〒164-0012
東京都中野区本町6-31-2
グリーン中野本町102号
Tel: 080-4942-5223

東京スタジオ詳細 >
千葉スタジオ

〒271-0092
千葉県松戸市松戸1230-1
ピアザビル9階
Tel: 070-9377-8198

千葉スタジオ詳細 >

参考文献

  • 非損傷肩における上腕挙上時の肩甲骨位置パターン(原題:Scapular-Positioning Patterns During Humeral Elevation in Unimpaired Shoulders)
    Borsa PA, Timmons MK, Sauers EL. (2003)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12937466/
  • 生体内動的運動時における肩甲骨運動の直接的3次元測定(原題:Direct 3-dimensional measurement of scapular kinematics during dynamic movements in vivo)
    McClure PW, Michener LA, Sennett BJ, Karduna AR. (2001)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11174320/
  • 肩関節痛を有する患者における肩甲骨運動異常(原題:Scapular dyskinesis and its relation to shoulder pain)
    Kibler WB, et al. (2003)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12676036/

執筆者情報

三原拓(みはら たく)
ニューロスタジオ千葉 理学療法士


主な研究業績
2016,18年 活動分析研究大会 口述発表 応用歩行セクション座長
2019年    論文発表 ボバースジャーナル42巻第2号 『床からの立ち上がり動作の効率性向上に向けた臨床推論』 
2022年.   書籍分担執筆 症例動画から学ぶ臨床歩行分析~観察に基づく正常と異常の評価法
p.148〜p.155 株式会社ヒューマン・プレス

その他経歴
2016年  ボバース上級講習会 修了
2024年 自費リハビリ施設 脳卒中リハビリパートナーズhaRe;Az施設長に就任
2025年 株式会社i.L入職 NEUROスタジオ千葉の立ち上げ

現在の活動
ニューロスタジオ千葉 施設長
脳卒中患者様への専門的リハビリ提供
療法士向け教育・指導活動
千葉ハンドリングセミナー共同代表

スタッフの詳細はこちら