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脳卒中後の「学習性不使用」とは?麻痺した手を使わなくなる原因と改善への3ステップ

「リハビリでは手が動くのに、家では全く使っていない」

「麻痺している手を使うのが怖くなり、つい良い方の手ばかり使ってしまう」

脳卒中(脳梗塞・脳出血)の後遺症で片麻痺を抱える方の中には、このような違和感を感じている方が少なくありません。実はこれ、単なる「筋力の不足」や「やる気の問題」ではなく、脳が「学習性不使用」という状態に陥っている可能性があります。

この状態を放置すると、本来持っているはずの回復の可能性(脳の可塑性)を自ら阻害してしまうことになりかねません。しかし、最新のリハビリテーション科学では、この「学習性不使用」を打破し、実生活で麻痺手を使うための具体的な方法が確立されています。

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1. リハビリを頑張っているのに、なぜ麻痺手を使わなくなるのか?

脳卒中の後遺症で手が麻痺すると、最初は誰しもが「動かそう」と努力します。しかし、日常生活の中で思うように動かず、物を落としたり、時間がかかったりする失敗体験が積み重なると、脳は無意識のうちにある「決断」を下します。

脳が「使わないこと」を学習してしまう現象

学習性不使用とは、「麻痺手を使おうとして失敗する(負の強化)」ことと、「良い方の手(健側)で全てを済ませて成功する(正の強化)」ことが繰り返される結果、脳が「麻痺手は使わない方が効率的だ」と学習してしまう現象を指します。

これは、エドワード・タウブ博士らによって提唱された概念であり、脳卒中リハビリテーションにおいて最も克服すべき壁の一つとされています。

【チェックリスト】あなたは「学習性不使用」に陥っていませんか?

以下の項目に心当たりがある場合、あなたの脳は「学習性不使用」の状態にあるかもしれません。

  • リハビリ室では指が動くのに、食事や着替えでは全く使っていない。
  • 麻痺している手を、自分の体ではなく「重荷」や「置物」のように感じる。
  • 良い方の手だけで生活することに慣れてしまい、麻痺手を使うのが面倒に感じる。
  • 周囲の人から「もっと手を使って」と言われると、イライラしたり、無理だと感じたりする。

慢性期からでも「改善の可能性」はある

「発症から時間が経っているから、もう手遅れだ」と諦める必要はありません。近年の研究では、脳の神経回路は適切な刺激と「必要性」が与えられれば、発症から数年経過した慢性期であっても再構築される(脳の可塑性)ことが証明されています。

脳の可塑性(Neuroplasticity)は、脳が経験、学習、環境の変化、あるいは損傷に応じて、自らの構造や機能を再編成する能力を指します。かつて「成人の脳は変化しない」と考えられていた定説は完全に覆され、現在は生涯を通じて脳は変化し続けることが科学的に証明されています。


2. 学習性不使用が起こるメカニズム|脳の中で何が起きているのか

なぜ、動くはずの手を脳は「使わない」と決めてしまうのでしょうか。その裏側には、脳の報酬系と感覚入力の減少が深く関わっています。

失敗の記憶が「麻痺手を使わない」という選択を強化する

脳は非常に効率的な臓器です。

  1. 麻痺手でコップを持とうとする → 落とす・こぼす(不快・失敗)
  2. 健手でコップを持つ → 飲める(快・成功)この体験が繰り返されると、脳内の報酬系(ドパミン系)は「健手を使うこと」を正解として定着させ、麻痺手への運動指令を弱めてしまいます。これが「学習性」と呼ばれる所以です。

健手(良い方の手)の過剰な代償が回復を妨げる皮肉

良い方の手だけで何でもできるようになることは、日常生活(ADL)の自立という点では素晴らしいことです。しかし、リハビリテーションの観点からは、健手の過剰な代償が「麻痺手の出番」を奪い、脳の麻痺手担当エリア(運動野)を縮小させてしまうという側面があります。

脳の可塑性:神経回路は正しい刺激で書き換えられる

使われなくなった脳の領域は、他の機能(健手の機能など)に乗っ取られてしまいます(皮質表現領域の縮小)。しかし、後述する「強制使用療法(CIMT)」などによって麻痺手を強制的に使う環境を作ると、脳の領域が再び拡大し、神経回路が再接続されることがわかっています。


3. エビデンスに基づく改善策「CIMT」と行動学的アプローチ

学習性不使用を打破するための最も強力な武器として世界的に認められているのが、CIMT(Constraint-Induced Movement Therapy:強制使用療法)をご紹介します。

【科学的根拠】麻痺手の使用頻度を高める「CIMT」の効果

CIMTは、良い方の手をミトンなどで拘束し、起きている時間の大部分を麻痺手だけで過ごす、非常に集中的なリハビリテーション手法です。

コクラン・レビューによるメタ解析(エビデンスレベル:高)において、CIMTは通常のリハビリテーションと比較して、上肢の機能改善および「実生活での使用頻度」において有意に優れた効果を示すことが報告されています。

訓練室だけで終わらせない「Transfer Package(移転パッケージ)」

CIMTの真の核心は、手を縛ることではなく「Transfer Package」という行動学的アプローチにあります。

  • 行動契約: 生活のどの場面で麻痺手を使うか、本人とセラピストで約束を交わす。
  • モニタリング: 毎日、実際にどのくらい手を使えたかを日記形式で記録する(MAL:Motor Activity Log)。
  • 問題解決: 「なぜその場面で使えなかったのか」を分析し、環境調整や補助具の検討を行う。

日本の慢性期患者を対象としたTakebayashiら(2021)の研究でも、この行動学的介入を組み合わせることで、リハビリ施設外での麻痺手の活用が促進されることが示されています。

成功体験をデザインする:スモールステップの重要性

いきなり「麻痺手で箸を持つ」のは難易度が高いかもしれません。

  1. テーブルの上の新聞紙を押さえる。
  2. 大きなスポンジを掴んで横に動かす。
  3. ドアノブに手をかける。このように、「確実に成功できる課題」から始めることで、脳に「麻痺手を使っても成功した!」という報酬を与え、学習性不使用を上書きしていくのです。

. 学習性不使用を「予防」する!今日から家庭でできる自主リハビリのコツ

施設でのリハビリ以外の時間をどう過ごすかが、改善の鍵を握ります。

① 「いつ、どの場面で使うか」を具体的に決める(行動契約)

「なるべく手を使う」という曖昧な目標ではなく、特定の場面で麻痺手を使う「役割」を与えます。

  • 食事の時: お茶碗を麻痺手で「支える」
  • 洗面の時: タオルを麻痺手で「押さえる」
  • 仕事中: キーボードの「Enterキーだけ」を麻痺手で叩く

など

② 成功体験をデザインする「お助け環境」作り

失敗は学習性不使用を強めます。あえて道具を使い、成功率を高めましょう。

  • 滑り止めマット: 物を固定し、麻痺手で「触れる・押さえる」練習をしやすくする
  • 太めのグリップ: 握りやすい道具を使い、「持てた!」という感覚を脳に送る

③ 麻痺手の活躍を記録する「リハビリ日記」

自分がどのくらい麻痺手を使えたか、主観的に評価して記録します。可視化することで、脳は「麻痺手を使うメリット」を再認識し始めます。ご家族が「今、手を使えていたね」とポジティブな声をかけることも、強力な予防策になります。


4. まとめ|「動かない」を「使う」に変える一歩を

「学習性不使用」は、脳卒中後の誰もが陥る可能性のある、ごく自然な反応です。しかし、それは決して「これ以上の回復はない」というサインではありません。

脳が「使わないこと」を学習してしまったのであれば、もう一度、「使うこと」を学習し直せばよいのです。

適切な難易度設定、行動学的アプローチ、そして何より「もう一度、この手で何かをしたい」というあなたの意志。それらが揃ったとき、脳は再び変わり始めます。

私たちは、その一歩を全力でサポートします。

  • 「リハビリの効果を実感できない」
  • 「生活の中でどう手を使えばいいか分からない」
  • 「もう一度、仕事や趣味に戻りたい」

そう思われたなら、ぜひ一度、ニューロスタジオにご相談ください。科学の力が、あなたの「手」と「可能性」を呼び覚まします。

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再発を予防することが、あなたの未来の可能性を広げます。
後遺症の改善を諦めずに、もう一度、本気で体と向き合ってみませんか。

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参考文献

  • Corbetta D, Sirtori V, Castellini G, Moja L, Gatti R. Constraint-induced movement therapy for upper extremities in people with stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2015;2015(10):CD004414. DOI: 10.1002/14651858.CD004414.pub3
  • Takebayashi T, et al. Impact of the Combined Use of Concomitant Interventions With Constraint-Induced Movement Therapy on Upper Extremity Function in Patients With Chronic Stroke. Front Neurol. 2021. DOI: 10.3389/fneur.2021.683515
  • 脳卒中治療ガイドライン2021(日本脳卒中学会編)

執筆者情報

磯俣志隆(いそまた しりゅう)
ニューロスタジオ大阪 理学療法士

主要経歴
2018年 理学療法士免許取得
2018年 社会医療法人美杉会 男山病院リハビリテーション部勤務
2019年 社会医療法人美杉会 介護老人保健施設 美杉リハビリテーション部勤務 2022年 社会医療法人大道会 森之宮病院リハビリテーション部勤務
2023年 臨床実習指導者講習会修了
2024年 NEUROスタジオ 常勤勤務開始 ボバース概念基礎講習会修了
2025年 ドイツにてボバース概念上級講習会修了

現在の活動
ニューロスタジオ大阪での脳卒中専門リハビリ
療法士向け教育・指導活動
Instagram、TiktokなどSNSで理学・作業療法士向けの学術情報を精力的に発信

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