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長時間の座位保持が脳血流を減らす? 「運動不足」とは違うリスクの正体とその対策は?

長時間の座位保持が脳血流を減らす? 「運動不足」とは違うリスクの正体とその対策は?

退院後に活動量が減り、ご自宅で座りっぱなしになるケースは、私の15年の臨床経験でも非常に多く見られます。安全のためには仕方のないことかもしれません。

しかし、専門家として直視すべき事実があります。その「座りっぱなし(連続座位)」の時間こそが、脳の血流を低下させ、再発リスクを高める要因になり得るのです]。

「デイサービスで運動しているから大丈夫」という認識も、実は正しくありません。最新の研究では、「座りすぎ」は「運動不足」とは全く別の独立した健康リスクであることがわかっています。たとえ運動をしていても、座り続けることの害は消えないのです。

この記事では、なぜ座りっぱなしが脳と体に危険なのか、その理由と対策を解説します。激しい運動は必要ありません。今日からできる「30分に1回」の小さな習慣について、専門家の視点で提案します。

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脳卒中サバイバーは「座りすぎ」になりやすい現実

退院後、1日の95%を「動かずに」過ごしている?

「家にいると座ってばかり」という皆様の実感は、決して気のせいではありません。実際に、脳卒中患者様の日常生活を客観的なセンサーで測定した研究データが、その実態を浮き彫りにしています。

Mooreら(2013)の研究によると脳卒中発症後7日以内の患者様は、1日のうち平均して約23時間(1,383分)もの時間を、座っているか横になっている(座位・臥位)状態で過ごしていることが明らかになりました 。これは睡眠時間を含めた数値ですが、1日の活動時間の95%以上に相当します。

同年代の健康な方と比較しても、座位時間は有意に長く、一方で身体活動(立ったり歩いたりする時間)は、健康な人が1日約79分であるのに対し、脳卒中患者様はわずか28分程度と、3分の1近くしかありませんでした

臨床現場で見る「退院後の変化」

このデータは発症早期のものですが、慢性期においても傾向は変わりません。 私の経験上、リハビリ病院に入院している間は、食事のための食堂への移動、トイレへの移動、そして1日数回のリハビリと、生活の中に「強制的に動く機会」が組み込まれています。

しかし、退院してご自宅に戻った途端、この構造が崩れます。 段差のある玄関、手すりのない廊下、使い慣れない家具。ご自宅の環境は、麻痺のある方にとって「動くためのハードル」が高く、どうしても安全な椅子やソファに座り続ける時間が長くなりがちです。 ご家族もまた、「転倒」という最悪の事態を避けるため、良かれと思って「座っていること」を推奨してしまう。その結果、病院時代とは比べ物にならないほど、「連続して座り続ける時間」が長くなってしまうのです。

なぜ「座りっぱなし(連続座位)」が危険なのか?

「座っているだけで何が悪いの? 体を休めているのだから良いのでは?」
そう思われるかもしれません。しかし、近年の研究で、長時間座り続けることは「休息」ではなく、体に害を及ぼす「不活動」であることがわかってきました。その理由は大きく分けて3つあります。

理由1:脳の血流が低下する

最も衝撃的な事実は、座り続けることで脳への血流が低下してしまうことです。

Carter et al. (2018)の研究では、健康なデスクワーカーを対象に、4時間座り続けた際の脳血流の変化を測定しました。その結果、ただ4時間座っていただけで、脳の重要な血管である中大脳動脈の血流速度が有意に低下することが確認されました。

脳は、血液が運ぶ酸素と栄養を大量に消費する臓器です。脳卒中の再発予防や、損傷した脳機能の回復(可塑性)を促したいサバイバーの方にとって、脳血流の低下は極力避けたい事態です。「体を休めているつもり」が、実は「脳への栄養を減らしている」ことになりかねないのです。

理由2:「運動不足」とは異なる「座りすぎ」独自の害

「私は毎日リハビリ体操をしているから大丈夫」
「週に2回、デイサービスで運動している」

そう安心している方も要注意です。実は、「運動不足」と「座りすぎ」は、体の中で起きている反応が全く異なります。たとえ運動をしていても、座りすぎの害は防げない可能性があるのです。

Hamilton et al. (2008) のレビューは、このメカニズムを「不活動の生理学」として解説しています。鍵となるのは、LPL(リポタンパク質リパーゼ)という酵素です。

  • 動いている時: 私たちが立ったり歩いたりしている時、脚の筋肉(抗重力筋)は常に働き、このLPLを活性化させています。LPLは、血液中の脂肪(中性脂肪や悪玉コレステロール)を筋肉に取り込み、エネルギーとして消費させる「掃除屋」のような役割を担っています。
  • 座っている時: しかし、座ってしまうと脚の筋肉は重力から解放され、活動をほぼ停止します。すると、LPLの働きが劇的に低下します。

その結果、血液中の脂肪は分解されず、代謝が悪化します。恐ろしいことに、この「座りすぎによるLPLの機能停止」は、1日30分程度の運動を行っていたとしても、残りの時間を座って過ごしていれば打ち消せないことが示唆されています。

この「運動とは別のリスク」という点は、他の神経疾患の研究でも裏付けられています。パーキンソン病の患者様を対象とした研究では、1日の座位時間が長い人ほど「注意機能」が低いという関連性が示されました。重要なのは、この関連性が「その人がどれだけ活発な運動(MVPA)を行っているか」とは無関係に(独立して)認められたという点です。

つまり、「運動の時間」を作ることと同じくらい、いやそれ以上に、「座っている時間」をどうにかすることが、脳と体の健康にとって重要なのです。

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理由3:過緊張の増悪と再発リスク

そして何より、脳卒中サバイバーの方にとって「座りすぎ」は、再発や身体機能の悪化に直結します。

]Aini & Darojat (2025)の最新の研究では、脳卒中サバイバー75名を対象に調査を行った結果、身体活動レベルが高い人ほど脳卒中の再発率が低いという有意な関連性が示されました。逆に言えば、活動量が少なく座っている時間が長いことは、脳卒中再発のリスク因子であるということです。

さらに、私の臨床経験から補足させていただくと、長時間座り続けることの弊害は、内科的なデータだけに留まりません。

麻痺のある方が、長時間、特に崩れた姿勢で座り続けることは、お尻の皮膚トラブル(褥瘡:床ずれ)の原因になります。また非対称的な姿勢で長時間固まることは、麻痺側の手足の筋肉のこわばり(過緊張・痙縮)を強め、痛みを増悪させるケースを数多く見てきました。

  1. 動きにくいから座る
  2. 座ることで脳血流が落ち、代謝が悪化する
  3. 体が固まり、過緊張が強まり、さらに動きにくくなる

この悪循環こそが、最も懸念される「座りすぎ」のリスクなのです。

重要なのは「総時間」より「連続時間」を断ち切ること

では、どうすれば良いのでしょうか?
「1日10時間座っているのを5時間に減らしてください」
これがどれほど難しい要求かは理解しています。麻痺や体力、環境の問題がある中で、無理に立っている時間を増やすことは現実的ではありません。

しかし、もっと簡単で効果的な方法があります。
それは、「座っている時間の『合計』を減らすのではなく、『連続』を断ち切る」という考え方です。

朗報:脳血流の低下は「こまめな中断」で防げる

先ほど紹介した「4時間座ると脳血流が低下する」という研究 Carter et al. (2018)には、続きがあります。
研究者たちは、座っている間に「休憩(中断)」を挟むことで、この血流低下を防げるかを検証しました。比較されたのは以下の2つのパターンです。

  • 【頻繁な中断】 30分ごとに、2分間の軽い歩行を行う
  • 【たまの中断】 2時間ごとに、8分間の軽い歩行を行う

どちらも、4時間の中での合計運動時間は「16分」で同じです。しかし、結果には大きな差が出ました。
「30分ごとに2分」動いたグループだけが、脳血流の低下を完全に防ぐことができたのです。一方で、「2時間に1回」では、低下を防ぐ効果は不十分でした。

この結果は、私たちに非常に重要なヒントを与えてくれます。脳と血管を守るために必要なのは、まとめて行う運動ではなく、「頻繁に(30分に1回程度)座りっぱなしの状態をリセットすること」なのです。長時間座ってしまった後でまとめて動いても、低下した血流や代謝を元に戻すのは難しいのかもしれません。

WHOも「軽い活動」への置き換えを推奨

この「こまめに動く」ことの重要性は、世界的なスタンダードになりつつあります。
WHO(世界保健機関)が2020年に発表したガイドライン WHO guidelines (2020) では、すべての成人に対し「座位時間を制限すること」を強く推奨しています。

特筆すべきは、このガイドラインが「脳卒中サバイバーを含む障害を持つ人々」も明確に対象としている点です。そして、座っている時間を「いかなる強度の身体活動(軽い活動を含む)に置き換えても、健康上の利益が得られる」と明記しています。

つまり、息が切れるような運動でなくても構いません。立ち上がる、少し部屋の中を移動する、といった「軽い活動」であっても、座りっぱなしを中断すること自体に、医学的な価値があるのです。「少しずつでも、何もしないよりは良い」。これが世界の共通認識です。

脳卒中の方が「安全」に「座りすぎ」を防ぐには?

「よし、30分に1回動こう!」
そう前向きになっていただけたなら嬉しいのですが、ここで一つ、専門家として釘を刺させてください。それは「転倒リスク」についてです。

最も危ないのは「立ち上がり直後の1分間」

先ほどの研究では「30分に1回歩く」ことが推奨されていましたが、これを麻痺のある方がご自身の判断だけで行うことにはリスクが伴います。

特に、理学療法士としての経験上、注意していただきたいのが「長時間座った直後」の体の変化です。
長い時間座り続けていると、股関節や膝関節が曲がった状態で固まってしまいます。その状態で急に立ち上がろうとしても、筋肉(特に抗重力筋)がうまく反応せず、下肢(脚)がピンと伸びにくい(伸展が得られにくい)傾向があります。

つまり、「座りっぱなしの直後」こそ、足に力が入りにくく、最も転倒しやすいタイミングなのです。
「さあ、動こう」と意気込んで立ち上がったその瞬間が一番危ない。ですので、長時間座った後に動く際は、「最初の1分間」は特に慎重になる必要がありますいきなり歩き出すのではなく、まずは手すりを持って立ち、足の伸び具合を確認するなど、安全確認のステップが不可欠です。

「安全なリセット法」の提案

「連続座位」を断ち切る方法は、「歩くこと」だけではありません。WHOも「軽い活動で良い」と言っています。ご自身の身体機能に合わせて、安全にリセットする方法はいくつもあります。

  • 自力で立てる方:
    30分〜1時間に1回、トイレや水分補給のついでに立ち上がります。テレビのCMの間に立ち上がるだけでも効果的です。ただし、前述の通り直後のふらつきには十分注意し、必ず手すりや安定した家具につかまってください。立ち上がった直後は股関節の前面が固くなっているケースが多いので、骨盤を前に突き出したり腰を逸らすなどで、5秒から10秒程度伸ばしてください。
  • 介助が必要・歩行が不安定な方:
    無理に歩く必要はありません。安全な椅子に座ったまま、足踏みをしたり、お尻を浮かせる動作をしたり、麻痺側の足に意識的に体重を乗せたりするだけでも、筋肉への刺激になります。また、介助者の見守りのもとで、手すりを持って「立ち上がり、座る」動作を数回繰り返すだけでも、LPLのスイッチを入れるには十分な効果が期待できます。

大切なのは、「30分経ったら何か動く」という意識を持つことです。

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「座りっぱなし」の悪循環を断ち切り、活動的な生活を取り戻すために

脳卒中後の生活において、「座りすぎ」は単なる休息ではなく、脳血流や代謝、そして再発リスクに関わる重要な健康課題です。

  • 座りっぱなしは、脳血流を低下させ、過緊張などの身体症状を悪化させます。
  • 運動不足とは別に、「座りすぎ」そのものが独立したリスクとなります。
  • 重要なのは「総時間」を減らすことよりも、「30分に1回、連続時間を断ち切る」ことです。

しかし、その「断ち切り方」を間違えれば、転倒という新たなリスクを招いてしまいます。「自分の場合は、どうやって中断するのが安全なのか?」「家の環境でできることは何か?」と迷われたり、不安を感じたりした時こそ、私たち専門家の出番です。

I.L. Neuro Studioは、脳卒中リハビリの専門家として、お一人お一人の麻痺の状態や生活環境、リスク管理能力を見極め、あなたにとって最も安全で効果的な「座りすぎ対策」を一緒に考えます。

日中の過ごし方について専門的なアドバイスが必要な方は、ぜひ一度ご相談ください。その「30分に1回」の小さな変化が、再発を防ぎ、これからの人生をより活動的で豊かなものにする大きな一歩になるはずです。

参考文献

  • Aini N, Darojat ZW. Association between physical activity and stroke recurrence: A cross-sectional study. Florence Nightingale J Nurs. 2025;33: 1–6. https://doi.org/10.5152/FNJN.2025.24221
  • Carter SE, Draijer R, Holder SM, Brown L, Thijssen DHJ, Hopkins ND. Regular walking breaks prevent the decline in cerebral blood flow associated with prolonged sitting. J Appl Physiol. 2018;125: 790–798. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00310.2018
  • Hamilton MT, Healy GN, Dunstan DW, Zderic TW, Owen N. Too little exercise and too much sitting: Inactivity physiology and the need for new recommendations on sedentary behavior. Curr Cardiovasc Risk Rep. 2008;2: 292–298. https://doi.org/10.1007/s12170-008-0054-8
  • Moore SA, Hallsworth K, Plötz T, Ford GA, Rochester L, Trenell MI. Physical activity, sedentary behaviour and metabolic control following stroke: a cross-sectional and longitudinal study. PLoS One. 2013;8: e55263. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0055263
  • Troutman SBW, Erickson KI, Grove G, Weinstein AM. Sedentary time is associated with worse attention in Parkinson’s disease: A pilot study. J Mov Disord. 2020;13: 146–149. https://doi.org/10.14802/jmd.20015
  • World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. 2020. https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128

執筆者情報

三原拓(みはら たく)
ニューロスタジオ千葉 理学療法士


主な研究業績
2016,18年 活動分析研究大会 口述発表 応用歩行セクション座長
2019年    論文発表 ボバースジャーナル42巻第2号 『床からの立ち上がり動作の効率性向上に向けた臨床推論』 
2022年.   書籍分担執筆 症例動画から学ぶ臨床歩行分析~観察に基づく正常と異常の評価法
p.148〜p.155 株式会社ヒューマン・プレス

その他経歴
2016年  ボバース上級講習会 修了
2024年 自費リハビリ施設 脳卒中リハビリパートナーズhaRe;Az施設長に就任
2025年 株式会社i.L入職 NEUROスタジオ千葉の立ち上げ

現在の活動
ニューロスタジオ千葉 施設長
脳卒中患者様への専門的リハビリ提供
療法士向け教育・指導活動

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