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脳卒中患者の歩行開始メカニズムの観察と臨床応用

脳卒中患者が歩行の最初の一歩を踏み出すことは、単純な肉体的動作以上の複雑さが潜んでいます。脳卒中は神経系にダメージを与え、身体の一部の感覚や制御を失わせることがあります。

その結果、患者は立つ、バランスを取る、そして一歩を踏み出すという、かつては無意識のうちに行っていた運動を再学習する必要に迫られます。

このプロセスでは、筋肉の再活性化、関節の安定性の獲得、そして複雑な神経系の調整が求められます。

この記事では、脳卒中患者が歩行の回復のためにどちら側の足から一歩踏み出すことが良いのか?をシステマティックレビューをもとに焦点を当ててまとめます。

はじめに

脳卒中は、運動機能の障害をもたらし、日常生活における基本的な動作である歩行に影響を与えます。歩行開始、すなわち最初の一歩を踏み出す行為は、このような患者にとって特に困難です。本研究は、健康な個体と脳卒中患者との間で観察される歩行開始時の動作の違いを探求し、これらの違いがリハビリテーションのアプローチにどのように影響を与えうるかを明らかにします。

機能的運動の解析

脳卒中患者における歩行開始時の動作メカニズムを詳細に分析し、健康な成人との差異を明らかにすることで、運動機能の再建に向けた新たなアプローチを模索します。

調整戦略の最適化

研究から得られた知見を通じて、既存のリハビリテーション戦略を再評価し、麻痺側と非麻痺側の両足を用いた歩行開始トレーニングにおける最適な調整戦略を特定します。

複合的計測手法の採用

先端の圧力センサーと筋電図(EMG)技術を用いて、歩行開始における重心の移動と主要な下肢筋群の活動パターンを同時に捉えました。この複合的な計測手法により、歩行開始の瞬間に生じる複雑な身体動作を高い精度で解析しました。

徹底的な比較検討

脳卒中患者と健康な成人のデータを比較分析することで、脳卒中による運動制御の損失がGI-APAにどのように影響を及ぼすかを明らかにしました。この比較検討は、脳卒中患者特有の運動パターンの理解を深めるためのものです。

結果

歩行開始(GI)には、歩行に有利な姿勢を再編成するために、予測的姿勢調整(GI-APA)が活性化されます。

健康な被験者では、圧中心(CoP)はGI-APA中に後方へ移動し、両側のヒラメ筋活動を減少させ、前脛骨筋(TA)を活性化させることによって起こります。また、先行脚の方向への側方へのCoPの移動も観察され、これは股関節の外転筋を活性化させることによって起こります。

しかし、脳卒中後の片麻痺患者では、麻痺側のTA、ヒラメ筋、股関節外転筋の活動が損なわれています。これにより、GI-APAを実行し、歩行中の推進力を生成する能力が低下する可能性があります

脳卒中後のGI-APAの再編成の概要と、これらの患者への歩行リハビリテーションを最適化するための最も効果的な戦略について、系統的レビューが行われています。

脳卒中患者では、

  1. TAの活動の減少
  2. 麻痺脚のヒラメ筋活動を緩めることが困難であること
  3. CoPの後方への移動の減少
  4. 前方への推進力の低下
  5. 準備期間の長さが示されました。

歩行リハビリテーション戦略に関しては、麻痺脚での歩行開始はバランスが悪く、非麻痺脚を先行脚として使用することが、麻痺側の姿勢筋を刺激するための有用な練習になり得ることが示唆されています。

考察

圧中心制御と歩行開始の相関

脳卒中患者における歩行開始時の圧中心(CoP)制御の困難さは、推進力の生成に直接的な影響を与えています。本研究では、特に麻痺側の足の推進力が不十分であることが示されました。

これは、麻痺側の足では重心を後方に効果的に移動させることができず、その結果、歩行開始の効率性が著しく低下していることを示唆しています。

この現象は、歩行開始時の予測的姿勢調整(GI-APA)の重要性を再確認するものであり、脳卒中リハビリテーションにおいて特に注意を払うべき点といえます。

非麻痺側の足の戦略的活用

本研究の重要な発見の一つは、非麻痺側の足の動きを先行させることで、麻痺側の足の活動が改善される可能性があることです。

これは、麻痺側の足に対して過剰な負担をかけずに、全体的な歩行のバランスを改善する戦略として非常に有効です。

非麻痺側の足から歩行を開始することで、麻痺側の足の姿勢筋により良い刺激を与え、麻痺側の足の動作を促進することができると考えられます。

 Sousa Aら ( 24 ) は、麻痺のある脚を先頭の脚として使用した場合、麻痺のある脚の TA は、健康な被験者で観察された EMG 活動の半分しか示さないことを示しました。一方、Ko et al. ( 26 ) は、非麻痺脚で歩行を開始すると、麻痺脚の TA 活性化が、先行脚としての麻痺脚と比較して 27 ~ 36% 増加することを示しました。

臨床応用における課題

脳卒中患者の歩行リハビリテーションにおける最大の課題の一つは、個々の患者の具体的なニーズに合わせた介入戦略の選択です。

歩行開始の練習においては、患者の身体的な制約、麻痺の程度、および患者のモチベーションや能力を考慮した個別化されたアプローチが求められます。この論文から得られた知見を基に、麻痺側と非麻痺側の足をどちらから一歩出すかを適切に考慮することで、患者の歩行開始能力を向上させるための具体的なリハビリテーションプログラムの開発が期待されます。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31057474

このシステマテックレビューでは、脳卒中患者における歩行開始時の予測的姿勢調整(GI-APA)に関する研究を体系的に評価し、まとめています。研究の方法について簡潔にまとめると以下のようになります:

  • 文献検索: PubMedとGoogle Scholarデータベースを用いて、「gait initiation」と「stroke」または関連するキーワードを組み合わせた検索を実施しました。検索範囲は英語またはフランス語の論文で、2018年8月31日までに公開されたものに限定されました。
  • 選定基準: 選定基準には、予測的姿勢調整を検討していること、少なくとも一つの脳卒中患者群が研究に含まれていること、そしてピアレビューされた学術誌に掲載されていることが含まれます。
  • 選定プロセス: 見出しと抄録をスクリーニングした後、フルテキストを評価して研究を最終的に選定しました。このプロセスには、2人のレビュアーが独立して行い、不一致がある場合は第三者の専門家と協議して解決しました。
  • 選定された研究: 合計で16の研究が選定され、これらの研究から得られたデータには、合計で220人の脳卒中患者が含まれています。
  • データ抽出: 選定された論文から、研究デザイン、参加患者の数、平均年齢、脳卒中の発症からの経過時間、検査された予測的姿勢調整の特性などの主要な情報を抽出しました。
  • 品質評価: 各研究の品質とバイアスのリスクを評価するために、Downs and Blackのチェックリストを使用しました。

このように、厳密な基準と体系的なプロセスを用いて選定された研究を基に、脳卒中患者における歩行開始時の予測的姿勢調整についての現在の知見をまとめています。

ありがとうございました。

NEUROスタジオ 施設長 大上 祐司