脳梗塞の『6ヶ月の壁』-多くの患者が直面する現実
脳梗塞を発症された方やそのご家族の多くが、医療現場で「回復期リハビリテーションは6ヶ月まで」「それ以降は改善は期待できない」といった説明を受けた経験があるのではないでしょうか。
目次
医療現場でよく聞く「常識」
日本の医療制度では、回復期リハビリテーション病院での集中的な訓練期間が脳血管疾患の場合は最大180日(重篤な場合は300日)と定められています。この制度的な背景もあり、「6ヶ月を過ぎると機能改善は望めない」という考えが医療現場で広く浸透してきました。
実際に、多くの医療従事者が「脳の可塑性(柔軟性)は発症から3-6ヶ月がピークで、それ以降は急激に低下する」と説明し、患者さんやご家族もこの「6ヶ月の壁」を受け入れざるを得ない状況が続いています。
患者・家族が抱く疑問と不安

しかし、実際に6ヶ月を経過された方々からは、このような声をよく耳にします:
- 「まだ手の動きが少しずつ良くなっている気がするのに、本当にもう改善しないの?」
- 「海外では長期のリハビリを続けていると聞いたけれど、日本では本当に意味がないの?」
- 「この年齢では諦めるしかないと言われたけれど、何か他に方法はないの?」
これらの疑問は決して間違っていません。実は、この「6ヶ月の壁」に対して、医学界でも近年新たな見解が示されているのです。
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最新研究が覆す従来の「常識」
2019年の研究が明らかにした新事実
2019年、医学界に大きな衝撃を与える研究結果が発表されました。ヨーロッパの複数の医療機関が共同で実施した大規模研究により、“A critical time window for recovery extends beyond one-year post-stroke”(脳卒中後の回復における重要な時間は1年を超えて延長する)という画期的な知見が示されたのです。
📊 研究概要:219名を対象とした大規模調査
この研究では、219名の脳梗塞・脳出血患者を対象に、発症からの時期と機能改善の関係を詳細に分析しました。対象者は以下の条件を満たす方々でした:
- 軽度から中等度の上肢麻痺がある方
- 45歳から85歳までの方
- 認知機能に大きな問題のない方
重要なのは、この研究が単一の施設ではなく、複数の医療機関で実施された信頼性の高い観察研究であることです。
驚きの結果:12ヶ月を超えても改善は続く
研究結果は、従来の「6ヶ月の壁」説を根本から覆すものでした:
慢性期(発症から18ヶ月以降)においても
- 上肢機能(手や腕の動き)の統計学的に有意な改善を確認
- 日常生活動作(ADL)の向上も観察された
- 治療への感受性は時間とともに徐々に減少するものの、18ヶ月後でも改善効果が持続することが判明
統計学的有意性と臨床的意義
この研究で特に注目すべきは、改善が単なる「気のせい」や「偶然」ではないことです。統計学的に有意な改善が確認され、特に上肢機能を測定するFugl-Meyer Assessment(UE-FM)と日常生活動作を評価するChedoke Arm and Hand Activity Inventory(CAHAI)の両方で改善が見られました。
研究では、治療効果が「急に6ヶ月で止まる」のではなく、時間とともに徐々に減少していく勾配を持つことが明らかになりました。
つまり、改善の速度は遅くなりますが、継続的な改善の可能性は1年を超えても存在するということです。
なお、この研究結果は脳梗塞だけでなく脳出血の方にも適用されることが確認されています。
なぜ「6ヶ月の壁」説が生まれたのか?

日本で「6ヶ月の壁」が広く信じられてきた背景には、医学的根拠だけでなく、医療制度の影響も大きく関係しています。
制度的な要因
- 医療保険での回復期リハビリテーション期間の上限設定
- 病床回転率向上への医療機関の圧力
- 急性期・回復期・維持期という段階的な医療提供体制
これらの制度的制約により、「6ヶ月以降は維持期」という考え方が定着し、それが医学的事実として捉えられてきた側面があります。
従来研究の限界と新たな知見
従来の研究では以下のような限界がありました:
- 対象者数が少ない小規模研究が多い
- 観察期間が短期間に限定
- 重度の方を中心とした研究が多く、軽度~中等度の方への検証が不十分
- 統計学的手法の精度が現在より低い
2019年の研究では、これらの限界を克服するためにブートストラッピング法という高精度な統計解析手法を用い、より正確な結果を導き出すことに成功しました。
生活期リハビリで改善が期待できる症状
上肢機能(手・腕の動き)の改善
今回の研究で最も顕著な改善が見られたのは上肢機能でした。具体的には以下のような動作の改善が期待できます:
手指の動き
- 物をつまむ・握る動作の改善
- 指先の細かい動作の向上
- 手首の可動域拡大
腕の動き
- 肩の挙上範囲の拡大
- 肘の曲げ伸ばし動作の改善
- 手を口元や頭に持っていく動作の向上
日常生活動作(ADL)の向上
機能改善は、実際の生活動作にも良い影響をもたらすことが確認されています:
- 身の回りの動作:食事動作の安定性向上、整容動作(歯磨き、洗顔など)の改善、着替え動作の効率化
- 家事動作:調理動作での両手の協調性向上、掃除動作での可動域活用、洗濯物干し・たたみ動作の改善
改善効果の個人差について
重要なのは、これらの改善には個人差があることです。研究では、患者さんの年齢、基線での機能レベル、治療への取り組み方などが改善度に影響することが示されています。
効果的な慢性期リハビリの条件
治療強度と頻度の重要性
今回の研究では、週5日、1日20-30分の集中的な訓練が実施されました。この結果から、慢性期においても一定以上の治療強度が改善には必要であることが示唆されています。
効果的な治療強度の条件
- 週3-5回の定期的な実施
- 1回30分以上の集中的な訓練
- 継続期間:最低3ヶ月以上の継続
専門性の高い治療者の必要性
慢性期の機能改善には、高い専門性を持つ治療者による適切なアプローチが不可欠です。特に以下の専門性が重要とされています:
- 脳血管疾患に特化した知識と経験
- 最新のリハビリテーション技術への習熟
- 個別性を重視した治療プログラム設計能力
- 継続的な学術活動による知識のアップデート
最新のリハビリテーション技術
研究では、仮想現実(VR)を活用したリハビリテーションゲームシステム(RGS)が使用されました。このような国際水準のリハビリテーション技術の活用により、従来の訓練では得られない効果が期待できることが示されています。
効果的な治療強度の条件
- 週3-5回の定期的な実施
- 1回30分以上の集中的な訓練
- 継続期間:最低3ヶ月以上の継続
専門性の高い治療者の必要性
慢性期の機能改善には、高い専門性を持つ治療者による適切なアプローチが不可欠です。特に以下の専門性が重要とされています:
- 脳血管疾患に特化した知識と経験
- 最新のリハビリテーション技術への習熟
- 個別性を重視した治療プログラム設計能力
- 継続的な学術活動による知識のアップデート
最新のリハビリテーション技術

研究では、仮想現実(VR)を活用したリハビリテーションゲームシステム(RGS)が使用されました。このような国際水準のリハビリテーション技術の活用により、従来の訓練では得られない効果が期待できることが示されています。
最新技術の例
- VR(仮想現実)を活用した運動学習
- ロボット支援訓練
- 電気刺激を併用した機能訓練
- 科学的フィードバックシステムの活用
生活期リハビリを選ぶ際の注意点
効果の個人差を理解する
慢性期での改善可能性は科学的に証明されていますが、すべての方に同程度の効果が期待できるわけではありません。以下の点を理解しておくことが重要です:
• 改善のスピードは急性期・回復期より緩やか
• 完全な機能回復ではなく、生活の質の向上を目標とする
• 継続的な取り組みが必要
信頼できる施設の見分け方
慢性期リハビリを検討される際は、以下の点を確認することをお勧めします:
施設選びのチェックポイント
- 脳血管疾患専門の資格を持つスタッフの在籍
- 科学的根拠に基づいた治療プログラムの提供
- 個別性を重視した治療計画の作成
- 治療効果の客観的な評価システムの有無
- 継続的な学術活動への参加状況
まとめ:希望を持ちながら現実的な判断を
2019年の大規模研究により、脳梗塞・脳出血後の機能改善は「6ヶ月の壁」を超えて継続する可能性があることが科学的に証明されました。
この事実は、慢性期を迎えた多くの患者さんとご家族にとって希望の光となるでしょう。
重要なポイント
- 改善可能性は12ヶ月を超えても存在する
- ただし、改善のスピードは時間とともに緩やかになる
- 適切な治療強度と専門性が効果に大きく影響する
- 個人差があるため、現実的な期待値の設定が大切
引用
- Belén Rubio Ballester. “A critical time window for recovery extends beyond one-year post-stroke.” J Neurophysiol. 2019 Jul 1;122(1):350-357.DOI: 10.1152/jn.00762.2018
執筆者情報
大上祐司(おおうえ ゆうじ)
NEUROスタジオ大阪 施設長 / 理学療法士

主な研究業績
2019年 ボバースジャーナル42巻第2号 論文発表(2編)
『Sit to Walkの効率的な運動遂行を獲得するために臨床推論を行い改善が得られた1症例』
『被殻出血後7ヶ月経過し、屋外歩行自立に向けて挑戦した1症例』
研修会受講歴
2018年 イギリス海外研修参加(脳卒中治療技術)
2019年 イギリス海外研修参加(最新エビデンス習得)
継続的な国内外研修会参加によるスキルアップ
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